大震災から明らかになった課題

 大都市直下大災害となった阪神淡路大震災は、多数の家屋の倒壊と、30万人余というおびただしい数の被災者をもたらした。この被災者の6割が学較に避難したといわれる。一つの学校に2千人程度の被災者がなだれ込み、学校は収容力を超える地域住民の「避難所」と化した。大混乱と無秩序の「避難所の運営に無限の責任を負うことになった教職員は、自らも被災者でありながら、行政の指示・命令もないままに、その努力とリーダーシップによって極限状況の困難を乗り越えた。避難者の突さ上げにあいつつ、救援物資の配給や汚物処理など文字どおり不眠不休の作業に没頭し、いわば自発的に大きな社会的役割を担った。

 これらのことから明確化したのは、地域防災拠点としての学校の重要性である。しかし、現実には学校の地域防災拠点としての位置づけや備えは依然として不十分である。では、わたしたち教職員は、学校を防災上どのように位置づけ、今後何をすべきなのか。この点についての論議は、もはや避けられない。それは本来、地域住民の安全と生命にかかわる問題であり、行政が取り組むべき課題であるとはいえ、災害時にはわたしたち教職員の運命を左右する問題として無関心ではいられないのである。

 また、地震以後に明らかになった様々な問題点が、多くの人びとによって指摘された。

 高齢者・障害者など災害弱者に地震の被害が集中した事実と災害弱者を想定しない救援システムの問題点。被災者の救援における様々な問題点、すなわちコミュニティの解体、被災者の人権侵害、仮設住宅の住環境問題、生活回復の困難、復興のあり方、外国人など少数者への配慮、等々。時間の経過とともに被災者の現実はますます厳しくなっていった。

 起こりうる災害を最小限にくい止め、災害後の被災者の生活をもとどおりに回復させるために、行政はどのような役割を果たすべきかが問われているのである。そして、わたしたちの社会の在り方、わたしたちの心の在り方も問われているのである。

 被災地における現在進行形の「震災」に目をそらさずに、真の「復興」を願う人々との連帯を強めていくことは、まさに同じ災害を二度と繰り返さないことにつながる。そして、それぞれの学校や地域に根ざした身近な取り組みを重視しつつも、防災の問題を単に学校の防災に矮小化することなく、市民の生命が尊重される都市づくりや被災者にあたたかい社会の在り方、学校教育の在り方を考える中で、多くの人々との連帯の輪を広げていくことが、わたしたちに課せられた役割なのではないだろうか。また、震災を横に広まった「ボランティア」という動きに対しても、国籍や人種を超えた相互依存的人間関係の構築と、より成熟した民主社会の形成をもたらす市民意識の高まりとして、注目していきたいのである。(神戸で見た、聞いた、考えた より)