阪神・淡路大震災後10年・記念事業報告

行程

1月15日 午後11時 東京発夜行寝台急行「銀河」に乗る。

1月16日 午前7時16分  大阪着

      午前8時過ぎ   神戸JR三宮駅着

      午前9時     神戸市ラッセホール着

      午前9時30分  震災と教育を考えるシンポジウム

      

午後12時30分 二宮小学校跡地で行われる二宮小学校避難者

         「手渡す集い」に向かう

午後1時

午後3時     慰霊祭が行われる東遊園地に到着

午後4時     人と防災未来センターに到着

午後5時30分  見学終了

午後6時30分  三宮駅前に当時のボランティアが集まり交歓会を行う

午後10時    ボランティア達とホテルで当時の思い出を

語る

午前 1時    就寝

1月17日 午前5時46分  黙とうをささげる。

      午前9時     三宮から元町周辺の復興状況を確認する。

               東遊園地で行われている慰霊祭に参加

      午後11時    三宮商店街で行われている追悼式に参加

      午後1時30分  私学会館で行われた地域住民の追悼・講演会

参加する。

講演者 作家・藤本義一さん

甲府市NPO代表・石原顕正さん

      

      午後4時     元町駅より新大阪駅に向かう

      午後5時42分  新幹線「ひかり」で小田原に向かう

      午後9時     帰宅

               

T. 日教組・兵庫教組主催の「震災と教育を考えるシンポジウム」

午前の部 パネルディスカッション要旨

1)中国・青海省教育科学文化衛生体育工会主席 常健民氏

  1990年4月26日 震度7の地震が発生、120名が死亡。

防災教育を教科書・カリキュラムに取り入れている。その必要性について

かなり詳しく言及していた。

2)全インド初等教育連盟委員長 Mr. Ram Pal Singh

  2001年1月26日 M7.7の地震が発生、2万人以上が死亡。

  親を失った子供達の現状について報告、その精神的ケアの大切さに言及

  していた。また、今回のスマトラ沖地震の津波による被害の報告を涙ながらにした時に、胸がつまる思いがした。

3)フィリピン大学国際交流センター所長  Miss. Cynthia Neri Zayas

  1991年6月15日 ピナツボ火山噴火 犠牲者数・不確定

  ピナツボ近くに住む部族は「この噴火は山の木を無節操に切り、自然破壊をした為に山の神様が怒った。」と言っている。これからの防災教育は環境教育と関連をもたらせなければ無意味である。日本には「天災は忘れた

  頃にやってくる。」という言葉がある。それを忘れないで欲しい。

4)トルコ アダバザル 小学校教員 Mr. Nihat Basalp

  1999年8月17日 M.8の地震が発生 1万5637人の死者

  地震の被害状況報告

トルコ アダバザル 小学校教員 Ms Zehra Nihal Ibisoglu

地震後の子供達の精神的影響とメンタルケアーについての報告

5)アメリカ メンタルヘルスディレクター Ms. Marleen Wong

  災害救助のNPO活動報告、地震の津波からの避難方法など

アメリカ メンタルヘルスディレクター Roberta Bernstein

  災害を受けた子供達の心の変化についての報告

6)テロ協会スタッフ Mr. Matthew Marlens

  イスラエル・テルアビブにおける大学のテロ対策について

  概要

  時間の関係で各国関係者からの報告となったが、英語・北京語・トルコ語ヒンズー語、日本語の同時通訳があった。災害後の子供達のメンタルケアーとボランティア活動教育の必要性を感じた。

U. 二宮小学校の震災復興記念あれから10年

 二宮小学校は児童数の減少にともない、統廃合の為、廃校になり、跡地には

高層マンションと地区の公民館が建てられました。

この集会には、10年前の児童・教員・避難された方・ボランティアが集まりました。また、あるボランティアが小学生に「10年後の私へ」という葉書を書いてもらっていたようで、その葉書を集まった人に渡していました。

地区の世話役やこの集会の為のボランティアの方が焼きそばやお汁粉を作ってくださり、旧交を温めました。

V. 人と防災未来センター

  防災未来館で最初に見させられる映像は、音響・映像ともにかなりリアルなものでした。一緒に行った当時のボランティア・岡君によると地震の音が非常によく再現されているということでした。被災者がこの地響きの音を聞いたら、かなりショックを受けるのではないかと思うほどでした。閉館ぎりぎりの時間でしたので、次回はゆっくり見たいと思います。

W. 当時の高校生ボランティアとの交歓会

 19時〜23時まで三宮駅前で交歓会

 岡君とその妹、近田君、木村さん、後藤さん、垣下先生、栗原

 23時〜1時 2次会

X. 東遊園地で行われている慰霊祭

 富山県から送られた雪で慰霊碑が作られていた。また犠牲者数の6443本の竹筒で1月17日をかたどったものが作られ、ロウソクがともされた。

 震災モニュメントの前にいると「やすひろ成仏しいや!」突然、女性が泣きくずれた。その瞬間、私は10年前の記憶とあの悲しみが、再びよみがえった。震災後10年、しかしそのご婦人の悲しみは癒されることなく続いている。

写真参照

Y. 三宮商店街で行われている追悼式

 宝塚歌劇団OGの「風さやか」さんが「午前5時46分」という鎮魂歌を

 歌われ、募金などの活動が行われていた。

 

                               写真参照

Z. 私学会館で行われた地域住民の追悼・講演会

講演者 作家・藤本義一さん

甲府市NPO代表・石原顕正さん 

藤本義一さんの人気が高く、平日だというのに会場は満員であった。ご本人の

震災日の経験やボランティア活動、最近の日本人の生き方について語られていた。

後記

「災害から得た教訓を伝えていくことが大切である。」ということを国際会議の参加者や式典に参加された方が言われていた。私もまさしくそう思う。神戸市内には、防災意識向上のためのパンフレットやポスターが公共施設や宿泊施設には必ずあった。しかし、その経験は残念ながら他の地域には広まっていない。東海地震が差し迫っている神奈川県の行政・学校関係者の取り組みは、この教訓をいかすものになっていないことは明白である。フィリピン大学のザヤスさんが言われていたが、防災教育とは環境教育なのである。そしてそれはまさに学校教育の一環として、取り組まなければならない。二宮小学校でのボランティア活動を継続的に支えたのは被災した地元の高校生や大学生であった。

災害時のボランティア活動は、職をもっている我々には時間的にも制限されてしまう。一番ボランティア活動に従事しやすい学生のボランティアマインドを

育てることが大切であると痛感している。これからは、防災・環境・ボランティア教育の三位一体の活動を推進すべきではないだろうか。

藤本義一さんの話を思い出す。最近「ボランティアをしています。」と言って名刺を配っている「おかしな連中」がいる。人を助ける心をはかるのに名刺はいらない。この言葉には、ボランティア教育推進の為と言って、ラジオ体操に出て印鑑をもらうような「ボランティアカード」を配っている某県の高校教育について改めて疑念を抱いた。